日本近世文学会賞選考結果

[日本近世文学会賞について]

第13回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十八年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』百四、百五号に掲載された論文中の選考対象から選考委員会において審議の結果、受賞者は、大阪大学招へい研究員、宮川真弥氏に決定した。

〔受賞論文〕

  「天理図書館蔵『源氏物語打聞』の再検討」

■受賞理由

本論文は、北村季吟の自筆本であり、季吟の師箕方如庵の講釈を筆記し、『湖月抄』以前に成立して、『湖月抄』に参照されているという天理図書館所蔵『源氏物語打聞』について詳細に検討した論である。『打聞』に関する通説は長らく踏襲されてきたが、宮川真弥氏は『打聞』の書誌など基礎的な研究を踏まえ、その注記について総合的に検討した結果、『湖月抄』以後の成立であり、年代的に師説ではあり得ないことを論証している。さらに『打聞』巻二の紙背文書の一部に「徒然草拾穂抄」があり、その章段を含む『徒然草拾穂抄』の筆写担当者は季吟の孫季任であることを指摘し、類似する季任と季吟の筆跡を比較検討した上で、『打聞』は季任筆である可能性が高く、施注の在り方から季吟の影響下に成立し、『湖月抄』の注釈書的性格があることを証している。同じ紙背文書に「伊勢物語」注釈の箇所があり、やはり『伊勢物語拾穂抄』の注釈となっていることを明らかにし、古典の季吟注をテキストとして北村家で講釈がなされ、季吟注自体が施注の対象になっていることまでを論じている。『源氏物語打聞』成立等に関する通説を実証によって覆すとともに、従来不明であった歌学方北村家の古典学の有り様を明らかにしている点でその業績は少なくなく、また北村季吟及びその学統について、今後さらに解明することが期待される。よって選考委員会は、平成28年度の日本近世文学会賞該当論文として選出するものである。

(第十三回日本近世文学会賞選考委員会 委員長 市古夏生)

第12回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十七年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』百二、百三号に掲載された論文中の選考対象から選考委員会において審議の結果、受賞者は、日本大学経済学部専任講師、佐藤温氏に決定した。

〔受賞論文〕

  「藤森弘庵『春雨楼詩鈔』と幕末の出版検閲」

■受賞理由

本論文は、幕末の儒家で攘夷論者として知られる藤森弘庵の漢詩集『春雨楼詩鈔』の諸本間にみられる本文の削除や修訂箇所の精査を通して、幕末の出版検閲のあり方を明らかにするとともに、明治初期の勤皇志士顕彰運動に乗じた弘庵門下による弘庵遺作出版の気運にも言及したものである。筆者はまず、『春雨楼詩鈔』の諸本を本文の削除の有無によって三系統に分類するが、先行研究である望月茂『藤森天山』が三系統を完本から順次削除が行われたものと見なしたのを批判し、三系統は基本的に同版であり安政年間に削除された箇所が実は明治初期に埋木修訂された部分もあることを発見した。背景に、太政官作成の記録「春雨楼詩鈔官許御達」や依田学海の日記『学海日録』等の記事を傍証に門人による弘庵遺作出版の気運を見据えているだけに、説得力がある。その上で、本題である幕末(安政年間)の削除状況を明らかにしていくが、それが林家の指示でなされたことを証明した後、削除箇所の詩句を詳細に分析し、削除対象は幕府の海外対策への批判に当ると判断された箇所であり、しかも多分に恣意性に流れた検閲であると指摘する。勤皇志士への影響を恐れて過敏になっている林家の検閲状況を言い得た筆致は絶妙で、幕末出版史の一面が、背景をなす幕末・維新社会の動向とともに鮮やかに浮かび上がった。明確な論旨が精密な書誌調査や周辺資料の検討に支えられている点、論文としての完成度がきわめて高い。修訂されていない箇所の意味づけの必要性を述べるなど、課題意識も明確で今後の発展が大いに期待できる。よって選考委員会は、本論文を日本近世文学会賞該当論文として選出するものである。

(日本近世文学会賞選考委員会 委員長 山下久夫)

第11回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十六年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』百、百一号に掲載された論文中の選考対象から選考委員会において審議の結果、受賞者は、名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程、河村瑛子氏に決定した。

〔受賞論文〕

  「上方版『私可多咄』考」

■受賞理由

授賞対象論文は、所在不明の上方版『私可多咄』について、下里知足の自筆雑記『徳元玄札両吟百韻』に収録された無題の笑話に着目して、その復元を試みたものである。
 中川喜雲著『私可多咄』は初版の上方版は所在不明であり、江戸版のみが現存する。山東京伝『骨董集』に一部引かれる上方版の本文は江戸版との間に異同があり、失われた上方版は明らかに江戸版とは異なる本文を有したことが想定される。これについて、下里知足の自筆雑記『徳元玄札両吟百韻』に収録された無題の笑話が、大部分江戸版『私可多咄』と内容が共通するものの本文に異同があることに着目し、江戸版の本文との異同の分析を通して、筆記された笑話が上方版『私可多咄』の抄出であると推定し、上方版に存した笑話の原型を復元しようとし確実な成果を示した。さらに上方版『私可多咄』は書名の通り「仕形咄」を意識的に文章化した書であり、話芸を文章化する西鶴の文体にも通じる可能性について触れ、加えて上方と江戸の文化の差異についても言及した。
『徳元玄札両吟百韻』から無題の笑話を発掘したことに大きな意義があり、笑話の本文から上方版本文の復元を試みる過程は実証的、堅実で説得力を持つ。上方と江戸の文化の差異、西鶴の文体論に発展する可能性をも示し、近世初期の文学史的空隙を埋めることに繋がるものとして今後の展開が期待される。
 以上の理由から、当該選考委員会は若手研究者の研究を奨励し、日本近世文学研究全般の発展に資することを目的とした日本近世文学会賞の主旨に鑑み、河村瑛子氏に同賞を授与するものである。

(日本近世文学会賞選考委員会 委員長 黒石陽子)

第10回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十五年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』九十八、九十九号に掲載された論文中の選考対象から選考委員会において審議の結果、受賞者は、日本学術振興会特別研究員の勢田道生氏、ならびに東京大学大学院生の山本嘉孝氏に決定した。

〔受賞者〕

  勢田道生氏

〔受賞論文〕

  津久井尚重『南朝編年記略』における『大日本史』受容

■受賞理由

百二十巻以上に及ぶ「大日本史」を五十点近く調査し、その諸本関係を明らかにしつつ、江戸中期の流通テキストが正徳本によることを確定し、「南朝編年紀略」の利用態度から、その独自性と現状肯定の視点を見出した。その広範・精細な調査と着実な成果、さらには学界への裨益という点で、学会賞に値するものである。あわせて、懐徳堂の「大日本史賛藪」書写が本文校訂のためであった点や、偽書性の濃い「桜雲記」を「紀略」が採用している点などは、秋成の大日本史受容や軍記・読本作家の南朝史受容に、新たな視角をもたらすもので、今後の進展も期待される。


〔受賞者〕

  山本嘉孝氏

〔受賞論文〕

  山本北山の技芸論―擬古詩文批判の射程―

■受賞理由

山本北山の技芸論を、序跋文の収集と読解という地道な実証作業を通して検証し、非修身としての技芸という反朱子学的態度、反主意主義的な性霊説理解という非陽明学的態度、この二点において折衷学派の典型たる北山の詩文論のあり方を指摘して極めて明晰明解である。北山の擬古詩文批判を、性霊説との関係という従来の論の枠組から解放し、その詩文論を「純文学」ならぬ「純技芸」の論として再認識すべきだとする主張に説得力がある。また、この成果は思想史研究につながってゆくことで、今後大きな視野をそなえた論の展開も期待される。

(日本近世文学会賞選考委員会 委員長 井上泰至)

第9回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十四年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』九十六、九十七号に掲載された論文中の選考対象から選考委員会において審議の結果、受賞者は、上智大学大学院文学研究科博士後期課程、丸井貴史氏に決定した。

〔受賞論文〕

  「三言」ならびに『今古奇観』の諸本と『英草紙』

■受賞理由

受賞対象論文は、『英草紙』執筆に際して典拠として用いられた「三言」ならびに『今古奇観』について、作者都賀庭鐘が両者を校合しつつこれらを利用していた実態を具体的に明らかにし、『英草紙』の成立過程の一端を解明したものである。
 『英草紙』における「三言」および『今古奇観』の利用、校合の形跡については、はやく中村幸彦氏によって示唆されていたが、当該論文は、『今古奇観』諸本についての精緻な調査から、まず庭鐘が依拠したものが「同文堂本」であることを立証した。さらに、これに基づいて、『英草紙』二・三・四・九編において、庭鐘が基本的には「三言」をベースとしつつ、小説として説得力がある場合には『今古奇観』を利用していたこと跡付けた。
 当該論文の精力的かつ精密な諸本調査に立脚した立論には説得力があり、また、その結論は、読本作者の白話小説受容という視点に立った文学史的視野の拡がりをも内包している点で今後の展開が期待される。
 以上の理由から、当選考委員会は、当該論文が、従来の典拠論の精度をさらに高める手法を開拓したものであるとともに、それが単なる方法論にとどまらず、今後の読本研究にむけた可能性を提示したものであるものと判断した。
 よって、若手研究者の研究を奨励し日本近世文学研究全般の発展に資することを目的とした日本近世文学会賞の主旨に鑑み、丸井貴文氏に同賞を授与するものである。

(日本近世文学会賞選考委員会 委員長 塩崎俊彦)

第8回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十三年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』九十四、九十五号に掲載された論文中の八編が選考対象となった。選考委員会において審議の結果、受賞者は、九州産業大学講師、天野聡一氏に決定した。

〔受賞論文〕

  『近世文藝』九十四号掲載「『続落久保物語』と『よしはら物語』―作者と成立について―」

■受賞理由
   天野聡一氏の当該論文は、明和四年成立の『よしはら物語』の作者が「かずよし」こと中井竹山であること、『続落久保物語』は宝暦七年以降に五井蘭洲が著したものと推定される旨を論じたものである。中井竹山が懐徳堂に於いて孝子顕彰活動を行なっている点が『よしはら物語』のテーマと深くかかわっていることや三点の外部徴証によって作者であることを証明している。『続落久保物語』に関しては蘭洲の『万葉集』『源氏物語』に対する見識、遣唐使派遣という趣向及び遣唐使を題とする漢詩群の存在が実在の人物の作に基づくものであるという根拠によって推定したもので、漢詩稿の作られた宝暦七年以降の成立であることも併せ考証している。以上のように、極めて着実な実証的研究方法によって明確な結論を導き出していること、及び基礎的な研究の中で数々の問題点を発掘し今後の展開が期待されるという二点が、受賞に値するとして高く評価された。
(日本近世文学会賞選考委員会 委員長 矢野公和)

第7回 日本近世文学会賞選考結果


 日本近世文学会賞規約により、平成二十二年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』九十二、九十三号に掲載された論文中の六編が選考対象となった。選考委員会において審議の結果、受賞者は、早稲田大学大学院生、黒川桃子氏に決定した。

〔受賞論文〕

  『近世文藝』九十二号掲載「広瀬淡窓の陸游詩受容−「論詩詩」を中心に−」

■受賞理由
   黒川桃子「広瀬淡窓の陸游詩受容−「論詩詩」を中心に−」は、淡窓が影響を受けた陸游も詩論では初唐・盛唐の詩を重んじていることを指摘し、一方「論詩詩」では、中唐・晩唐の詩作をも評価する、こうしたズレを明らかにし、淡窓がそうした陸游の全体像をどのように受容し、自らの詩作に結び付けていったかを考察して、深い影響関係が認められることを明快に論じている。つまり、詩や詩人を形成する時代環境・影響関係を表層的ではなく深いレベルでおさえて、淡窓がどのような詩人として生き、詩作しようとしたかという文学の本質を説き明かそうとする研究論文である点が高く評価される。また、文章も読みやすく、論述の手順をきちんとふまえていることも評価される。以上により、選考委員会は本論文が受賞作にふさわしいと判断した。
(玉城司 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第6回 日本近世文学会賞選考結果

平成21年度(第6回)日本近世文学会賞

 日本近世文学会賞規約により、平成二十一年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』九十、九十一号に掲載された論文中の、六編が選考対象となった。選考委員会において審議した結果、受賞者は、早稲田大学大学院生、山形彩美氏に決定した。

〔受賞論文〕

  『近世文藝』九十一号掲載「安永十年与謝蕪村作「武陵桃源図」を読む」

■受賞理由
   当該論文は、「武陵桃源図」に描かれた桃源郷の構造、人物の動き・配置などについて解析したものである。山形氏は、画中に書かれた袁中郎の詩の意義をとらえ直して画と関連づけ、さらに桃源郷に関係する画と詩の世界を広く渉猟する。そうすることによって、右幅左幅とも桃源郷は画面手前が入口になっていること、右幅は桃源郷の住人が老いた漁師を温かく迎え、左幅は桃源郷で若返った漁師を見送る図であり、右幅から左幅へ時間が流れているという読解に導く。この読み解きは、代表的な先行研究である芳賀徹氏の、桃源郷の人々が、右幅では漁師を阻み、左幅では漁師を追い返すという不自然な解釈を排するものである。画と詩に対する素直な読みがもたらした成果であり、選考委員会は本論文が高い評価に値すると判断した。

(西田耕三 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第5回 選考結果

 平成20年度(第5回)日本近世文学会賞
■受章者
  田草川みずき(たくさかわ・みずき)氏 日本学術振興会特別研究員
■受賞論文
 『近世文藝』89号掲載
 宇治加賀掾の芸論『竹子集』序文と『塵芥抄』系謡伝書
       ―進藤以三『筆の次』との関わりを中心に―」
■受賞理由
 田草川みずき氏の論文「宇治加賀掾の芸論『竹子集(たけのこしゅう)』序文と『塵芥抄』系謡伝書―進藤以三(いさん)『筆の次(ふでのついで)』との関わりを中心に―」は、加賀掾最初の芸論『竹子集』序文について、その典拠を『八帖本花伝書』とするこれまでの定説を覆した。すなわち、それは『八帖本花伝書』よりも、観世座脇方の進藤以三によるその解説書の、なかんずく、以三による補筆部分によりよく対応することを明らかにしたが、この考証は単に出典の変更にとどまらない。その結論を得るための綿密な比較検討の過程で、加賀掾がこの書を誠実に読み込み、名実ともに浄瑠璃の手本にしようとしていることを論証して、その謡に対する態度が既成の権威を利用するといった表面的ものではなかったことをも同時に明らかにしたのである。 論者はなお、能楽界における脇方進藤流と加賀掾の出身地紀州とのつながりなど、歴史的な目配りをも怠らない。論文はそのことをも併せ、浄瑠璃史の研究の重心を、外面的な動態から内面的な形成に移す契機となる意義を有すると考えられる。

(井口洋  日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第4回 選考結果

日本近世文学会賞規約により、平成二十年度日本近世文学会賞は、『近世文藝』八十六、八十七号掲載の九編の論文著者が候補対象となった。選考委員会で審議の結果、八十七号掲載の「礪波今道と上方の和学者たち」を著した総合研究大学院大学大学院生、一戸渉氏に決定した。

〔受賞理由〕

当該論文は、これまでその名は知られていたものの、実像が不明であった礪波今道について、故郷の高岡に残る諸資料を掘り起こし、彼が秋成同様に、建部綾足門から宇万伎門へ移行した人物で、高岡の漆芸家辻丹楓その人であるという伝記的事実をはじめて明らかにしている。その結果、彼と交流のあった橋本経亮・川口好和・内池益謙ら、上方和学者達の人の拡がりを大きく捉えて、この方面の文学史総合化にむけての確かな視座の提示にも成功している。加えて本論文は、国語学方面にも寄与するところがあり、文学史事情に貴重な増幅を果した点とあわせ、「日本近世文学会賞」に相応しい好論であると、選考委員の一致して認めたところである。

(阪口弘之 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第3回 選考結果

日本近世文学会賞規約により、平成十九年度の日本近世文学会賞受賞については『近世文藝』第八十四、八十五号掲載論文中の五編の投稿者が選考対象となった。選考委員会において検討した結果、受賞者を「『賀古教信七墓廻』の上演年代について」を著した園田学園女子大学近松研究所専任研究員井上勝志氏に決定した。

〔受賞理由〕

「『賀古教信七墓廻』の上演年代について」は、近松門左衛門の浄瑠璃『賀古教信七墓廻』の初演時期を、先行研究の成果を十分に踏まえ、着実な考証によって上演の年次を推定したものである。すなわち、宝永五年から六年の大内造営、宝永四年の大念仏寺十菩薩来迎法要等の史実との関連を指摘し、さらに詞章の細部の具体的な検討によって、宝永六年四月の上演と推定している。基礎的な作業としての年代推定は、作品の性格付け・評価における新見の提示にも結びつくものであり、宝永という時代が近松において有する意味についても、実証に基づく新たな見方を提示している。加えて、文体も含め、論文としての完成度も高く、受賞作として妥当であること、選考委員の一致して認めるところである。

(千葉真也 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第2回 選考結果

日本近世文学会賞規約により、平成十八年度の日本近世文学会受賞については、『近世文藝』第八十二号、第八十三号掲載論文中の七編の投稿者が選考対象となった。選考委員会において、先ず七編の論文から三編に対象を絞り、さらに討議を重ねた結果、平成十八年度日本近世文学会受賞者を「『椿説弓張月』の方法」を著した奈良女子大学博士研究員久岡明穂氏に決定した。

〔受賞理由〕

「『椿説弓張月』の方法」は、曲亭馬琴著『椿説弓張月』が「鎮西八郎為朝外伝」と角書するところから、「為朝外伝」に村する「内伝」を『参考保元物語』に求め、同書において為朝の没年と享年に諸説が挙げられていることに注目する。そして、この諸説定まらぬ歴史の空自をその他の資料をも援用しながら、馬琴が利用し、為朝を伊豆大島で自殺させず琉球へと渡らせたとする。馬琴のこの考証を『椿説弓張月』の構想に関わると説き、馬琴における「史実」と「虚実」の問題を創作手法の視点から論じ、新たな見解を導き出している。また、大作に対して正面から取り組んだ真撃な姿勢や実証的な研究方法などにも、今後の発展も期待されると、これらが総合的に評価されての受賞である。

(大橋正叔 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

第1回 選考結果

日本近世文学会賞は若年研究者を対象として設けられたものであり、審査対象は第八十号・八十一号掲載の論考からとなったため、今回の対象論文は六本。編集委員会における慎重な検討の結果、東京都立大学(院)牧野悟資氏「『狂歌波津加蛭子』考―石川雅望の狂歌活動再開を巡って―」に決定した。

同論文は、『狂歌波津加蛭子』を巡って、関連資料を丹念に拾い直した結果、雅望が判者を務めた月並の運営が、従来の説である寛政十二年ではなく、文化二、三年であるという結論を導きだした。また、雅望が、尾張藩上屋敷の関係者と家業による繋がりがあって狂歌活動にも絡んだなど、興味深い点をも指摘している。

従来盛んな狂歌研究の分野の、オーソドックスではあるが着実な研究方法によって、明快な結論に至る点、さらに今後の展望をも明示している点などが評価されての結果である。

(上野洋三 日本近世文学会賞選考委員会委員長)

(C)日本近世文学会